壁掛時計の針が文字盤から飛び出して在らぬ方を向いている。何を指しているのか僕にはわからない。部屋の中を徘徊する。腕時計を見つけたが引き出しと机の間に挟まって取り出せなかった。僕は時計を諦める。眼を瞑って口から二酸化炭素を吐き出す。頸筋が頭を支えるのを止めてため息は下に落ちた。足元には床。その上に靴下。胴体から垂れたダボダボのジーンズの先端に僕の足がきっちり収納された二足の白い靴下が顔を出している。すぐに怠けそうになる僕の筋肉に鞭を打つ。さあ、早く。
黄色いハンカチを鞄の中へ。札束はポケット。頭の中のメモ帳を引いて、必要なものを仕分けする。たまねぎ、ニンジン。準備はOK。とぐろを巻いた蛇に別れを告げる。誰かに貰った金属の白い蛇。椅子の上で僕を見ている。重い鞄を持って僕は飛び出す。
玄関の扉を開けて外に出た。日は意外に高く未だ世界を輝かせている。泣きそうになるのを我慢して足を動かした。左右の足を交互に前へ運ぶと、家が僕から離れていった。
花壇。道。草木。赤いポスト。見慣れすぎた空間を見ないように歩く。行く道は体が教えてくれる。だから僕は思考の全てをファボナッチ数で塗りつぶす。1・1・2・3・5・8・13・・・そうしている内にきっと僕の知らない場所へ辿り着くだろう。