父は「明日こそ明日こそ」と言いながらゴルフの通販カタログをめくっていた。私はぼさぼさの頭を掻きながら窓の外を見て、飛んでいた蜂に声をかけた。「こんなに暑いと大変だから、私の頭で休みなよ」やけにボリュームのある髪の中に蜂が吸い込まれて羽音とくすぐったさだけになると父は計ったようにカタログを閉じて「風俗へ行こうか」と言い出した。変なところへ連れて行かれる前に夢は終わった。

夢の記憶を十分に反復しながら確認した目覚まし時計は十二時十一分でセットしたのが八時半だからこんな時間に目を覚ましたのは悪魔の仕業に違いない。ジュウイチジジュウイップンって何かに似ている気がする。そうだジュウイチを漢字で縦に書いて横に11を書くとプラスマイナス11でも一体何がプラスマイナス11だっていうんだろう。「何ブツブツ言ってるの?」ウワァー。嘲笑を含んだ声。冷たい細目が部屋の入り口に立っている。ちなみにウワァーというのは叫び声である。叫び声に個人差があるのは叫び声が他人やテレビや漫画の叫び声に影響されるからである。つまり「僕が何をした!」という叫びを毎日聞かせていれば「僕が何をした!」と叫ぶように「髪なんとかしたら、とりあえず。」そういうのは姉だ。朝はいつも機嫌が悪い。

「蜂の巣みたい」

蜂の巣?夢と照らし合わせて素敵な感情を抱いた私は、その気持ちを不機嫌な姉にも伝えようと思い立ったが面倒なので止めた。「蜂の巣みたいな気分なの」とりあえずそう答えると姉は興味無さそうに部屋を出て行った。おいおいリアクション無しかよ。ノリの悪い人は嫌いだけど姉は血縁なので愛している。

「これが最後の会話になろうとはNobody knows」適当に節をつけて歌う。歌いながら着替える。アホらしくなって止める。昨日も同じような朝?気のせい気のせい。オーケーノープロブレム。Let’t go Tom!

トムと一緒にリビングに降りてハムを二枚食べた。なんとも形容しがたい素晴らしいハムだった。うまい!と思わず叫ぼうか叫ぶまいか3秒考えて水を飲むことに決めた。「Shit!水がでねえ」水道代が未払いだ。トムを机に放り投げた。「ねーちゃーん水買ってくるー」部屋に篭ってヘッドフォンでクラシック聞きながら原稿書くのが姉の仕事だった。聞こえていることを祈ってハムをもう一枚食べてから、水を買うために家を出た。

蜂の巣みたいな髪が帽子の中でもこもこしてる。カゴに入れた重たい鞄がボロボロの自転車を左右にぐらぐら傾ける。車に三回轢かれそうになりながら辿り着いたコンビニで水とあんぱんを買ってもぐもぐむしゃむしゃごっくん。オーケー。これで私は風よりも速く走れる。ただし三時間限定三時間経ったらまたあんぱんと水を供給しなければいけない。時間が勝負なんだ。ボロボロで今にも分解しそうな自転車にガシャドンチャッって乗り込んでペダルをぐりぐりまわして車止めを飛び越えて車道へ一直線してまた轢かれそうになってクラクションを背中に全力で逃げる。違う。逃げるんじゃない。時間が勝負なのだ。3時間経ったらたぶん3時でおやつの時間だよね。おやつっていったらカステラだよね。カステラについてるあの薄い紙みたいなやつって目立たないしうまくはがれなくていつも一緒に食べちゃうんだよね。あれなんて名前なんだろう。