「美しい林檎ですね」

「ええ。美しい。」

「つやがある。」

植物学者たちはりんごの樹の前に立ってその樹になっているりんごを恍惚とした目で見つめていた。

「形がいい。」

「やはりこの色が」

「いや、なんといってもやはり・・」

三人は顔を見合わせる。そうして打ち合わせたかのように同じタイミングでそれぞれ好きな方を向いた。

「味だ。」

「色は大事だ。形も大切だ。だが。」

「一番重要なのはやはり、」

「味だ。味がその果物の価値を決めるといってもいい。」

「花より団子、桜よりさくらんぼ。食欲は人間の三大欲求の一つであり避けることはできない。」

「視覚で腹が膨れるか。嗅覚で腹が膨れるか。そんなことはない。そのどちらも結局は味覚として空腹を満たすための補助に変化する。」

「りんごの価値を決めるのは味しかない。そしてそれを確かめる方法も一つだけ。」

「何より我らは今、」

「「「空腹だ」」」

「………」

「いやあ、おいしそうですね。」

「そうですね。」

「どんな味がするんでしょうね。」

「さあ、食べてみないことには。」

「……………」

「食べてみないことには分からない!!」

「だが問題がある。」

「すぐにかぶりつくわけにはいかない。」

「食べたことの無い林檎だ!何があるかわからない。」

「もしとてつもなくまずかったら?」

「毒林檎かもしれない!」

「誰かが先に食べてくれれば!」

「誰か先に食べないのか!」

「誰が最初に食べる?」

「俺は嫌だ。俺が食べるのは絶対に二人が食べた後だ」

「ああ、誰か」

「「「誰か先に食べてくれ」」」

沈黙が訪れる。三人は気まずそうに誰かが林檎を食べるのを待っている。

「それにしてもいいりんごですねー・・。」

「ええ。そうですね。」

「……どうですか?」

「はて、なにがですか?」

「おいしそうですが、食べてみないと分からない。どうぞ一口。」

「いえいえいえいえいえいえいえ、あの、お先にどうぞ。」

「いやぁ、私はさっき団子をたらふく食べてしまったもので・・お先にどうぞ」

「そんなこと仰らずに、せっかくこんなおいしそうなりんごがあるんですから」

「しかし腹が膨れていてはおいしいものもおいしく感じませんからね・・。すこし運動して腹をすかすことにしますよ。」

学者、運動を始める。

「お腹すいたな……」

「!え?なんですって?」

「え?」

「食べてみないとわからないじゃないですか。どうぞ、一口」

「いえいえいえ、お先にどうぞ。」

「いやあ私は・・貴方、どうです?」

「ぼ、僕ですか?」

「ぱくぱくごっくん」

「…」

「うっ!」

「!だいじょうぶですか」

「だめみたいだ・・バタッ!」

「だれか、だれか救急車を」

「安心してください。私は医者です。」

「なんだって!あんた植物学者じゃなかったのか!」

「そうでした」

「そうでしたって、医者じゃないのか!」

「植物学者です。」

「なんだってそんなまぎわらしいことをいうんだ!この緊急時に!やめてくれ」

「それよりはやく救急車を!」

「そうだった・・もしもし?あ、携帯電話は車の中・・」

「ちょっとまってください。あなた」

「え?今それどころじゃないってわかるでしょう」

「いま『もしもし』って言ってから」

「あとにしてくださいよ。どうしよう・・電話がないと・・」

「『もしもし』って言ってから携帯電話がないって、あなた一体何に向かって『もしも』」

「黙れ!お前にこいつが救えるのか!」

「す、救うことはできないが・・」

「じゃあ黙っててくれ!」

「共に暮らすことはできる!」

「だからなんだっていうんですか!だいいち死んでるんですよ!」

「まだ死んでませんよ」

「はっ!こんなことを言ってる場合じゃない!」

「やめろ!そいつは俺と一緒になるんだ!」

「落ち着いてください!意味が分かりませんよ!」

「触るな!」

「ムク」

「とにかく落ち着いてください!」

「お前がおちつけ!」

「だから……」

「?なんだ」

「…………」

「どうした」

「い、生き返った!」

「なんだって!」

「よかった、これで携帯を取りにいかなくてすむ」

「待て!冷静になれ!近づいちゃいけない!」

「どうしてだ?」

「……奴は…ゾンビかもしれない」

「なにわけのわからないことを言ってるんだ。」

「だってそうだろう!一度死んだ奴が生き返ったんだ!近づいたら俺たちまでゾンビにされてボールペンとかの人差し指があたるところについてるぶよぶよしたやつが……」

「はじめから死んでなくて、倒れていただけだったんだ。そう考えればすべてつじつまが合う。え?グリップがなんだって?」

「なんだそうか。ならいいんだ。」

「おい、グリップがどうなるんだ?」

「それじゃ私もりんごを食べることにするよ。実はさっきから腹ペコなんだ。」

「ちょっとまて、グリップがどうなるのかおしえてくれ!」

「こうなるんだよ」

すばやい仕草をする。

「え?ちょ、ど、どう?」

「だから・・こうなるんだよ」

「ええと、も、もう一回やってくれ!」

「しつこいな。」

りんごを食べようとする。

「ちょ、ちょっとまて、りんごに毒が入っているかもしれない。」

「どうしてだ。あいつが食べたんだから大丈夫だろ」

「倒れたじゃないか!」

「……それもそうだな。」

「そういえばどうして倒れたんだろう。」

「俺が知るか。聞いてみるのがいいんじゃないのか、本人に。」

「……」

「あの、すみません」

「はい。」

「さっきお倒れになられましたよね。りんごを食べて」

「ええ。倒れましたよ。りんごを食べて。」

「あの、どうしてお倒れになられたのでしょうか。」

「教えられませんね。」

「え?」

「教えられません。」

「な。なぜです。やましいことがないなら答えられるはずですよ。」

「まあ、いいじゃないですか。誰にでも秘密の一つや二つがあるものです。」

「あんたはなにいってるんですか。自分が聞くよう言ったんじゃないですか。」

「言えないと言うなら話は別です。プライバシーを侵す権利は誰にもありませんよ。」

「秘密なんてものはそれをばらすときの快感を得るために作るんだ!それがいまだっていいだろう!」

「そんな考え方をしているのは貴方だけですよ。快感を得るなら一人で勝手に得ていてくださいよ。」

「うるさい!だまれ!あんたは関係ないだろ。あっちへ行ってまつたけでも食ってろ!」

「まつたけが生えてればよろこんで食べに行くがここには」

「そこに生えてますよ。」

「え、本当?」

まつたけを見に行く。

「なあ、言えば楽になるんだ。いいだろう?どうしてお倒れになったんだ?」

「私が何故お倒れになろうがあなたのしったことですか。」

「しらないから聞いてるんだよ・・」

「だいたいさっきからなんですか、人が倒れたというのにその態度は。

心配して理由を尋ねるどころか、人のプライバシーにまで足をつっこもうとしている!!」

「どうしてお倒れになられた!教えろ!」

「秘密です!!」

「言え!どうしてお倒れになられたか言うんだ!言わないと撃つぞ!」

指をピストルの形にする。

「とうとう強硬手段に出たな!だが、そんなものではヒヨコ一匹殺せないぞ!

(冷笑)死んだフリをするように打ち合わせをした役者でもしこんでいるなら話は別だが」

「バーン!」

指をもう一人の学者に向ける。学者倒れる。

「うっ!やーらーれーたー」

「ま、まさか……」

学者起き上がる。

「打ち合わせ済みだ。」

「クソッ!卑怯だぞ!」

「さあ、教えるんだ。」

「わ、わかった。わかったから、こっちに向けるな!」

腕を下ろす。その隙に学者はさっき倒れた学者のもとに小走りで近づき、背中をとる。

腕を下ろすのに夢中で気が付かない。

「あ、しまった。」

「ふふふ」

「ごめん、つかまった。」

「教えるわけにはいかないんだよ!教えたらお前たちがりんごを食べなくなるからな!」

「……」

「……」

「……」

学者二人、あわてて相談する

「なおさら気になるだろ!教えろよ!」

「そんなに知りたいのか・・それじゃあ取引をしよう。」

「取引?」

「このりんごを食べたら教えてやってもいい。」

「な、何ィ!?」