呼吸を止めると耳には高速道路から聞こえる風の呻き声だけが残った。奴はもうこの部屋にはいないのだろうか。寝室とは対照的に黒く光る狭い廊下の天井をぼんやりと見つめながら考える。窓のない廊下を照らすのは中央にぶらさがっている40Wの小さな電球とこの部屋から洩れる灯りだけだったが、ぶつからずに飛行するためには十分な明るさだった。廊下へ続く扉はずっと開け放たれている。奴が出て行くとしたらここしかない。もちろん、入ってくるとしてもここしかない。身体を捻ってもう一度今自分のいる寝室を見渡した。

寝室はこざっぱりとしていて、隅に小さなベッドが一つ置いてあるだけの狭い空間だ。所目は悪いほうじゃない。だけど空気中の埃を全て捕らえることのが出来るほどではない。

・・奴はまだここにいる。姿こそ見えなかったが気配を感じた。この勘が当たるかどうかに自分の生死がかかっている。

私は部屋の殆どを見渡せる場所―ベッドが寄っている側の、壁と壁のぶつかる部分に足を掛けて羽を休めていた。部屋が見渡せるということは部屋のどこからでも見えるという意味でもあるから、奴が私の姿を捉えている確立は高い。

そう思ったちょうどそのとき大きな羽音が左から聞こえ右へ消えていった。私は恐怖する。正面から当たれば確実に勝機のない相手に身体が凍りついて動かない。動かなければやられたかもしれない。そう考えるとなおさら身体の自由はなくなった。羽はビリビリと震えるばかりで飛び立つことすら恐れている。奴はいまどこだ?もう私に気づいているのか?

飛び降りたいのをグッと我慢する。足を踏み切って床に下りれば姿は隠せるだろう。その代わり狙われたとき逃げる術はなくなる。

奴は確実にこの部屋にいる。あとはチャンスを待つしかい。