「あの…」

受付の女性は空を見ていた。私は声を掛けた。

「すいません……」

彼女はすでに気づいていたのかゆっくり視線を移して笑った。

「はい。」

背中がむずむずするのが気になって私はしばらく黙ってしまった。人のいるところで背中をかくのも不自然だから円周率を思い出して耐えた。

「何か?」

「ええと、私死んだみたいなんですけど…」

「は?失礼ですが頭のほうは」

「大丈夫です。たださっきから背中がむずむずして…」

「いえ、そうではなくて・・脳のほうは大丈夫ですか?」

「脳にも損傷はないと思います。」

「そういうことではなくてですね、」

「死んだらここへ来るよう言われたんです・・」

「誰にですか?」

「誰・・さあ、よく覚えてないんですが・・」

「こういう顔の人ですか?それともこういう」

「折れ線グラフで説明されてもよくわかりません・・」

「あ、失礼。この線ありますよね。この縦軸が・・」

「ここに書いてあるってことですか?」

「はい、そうです。こっちの青い線も同じです。」

「なるほど。。」

「それで、どうなんですか?」

「ええと・・うーん・・」

「こっちのはどうですか?」

「違います」

「じゃあこれは?」

「そういうんじゃなくて、もっとこういう感じだったと思います」

「…………」

「ここがこういう感じでここがこうなっててアレがアレでアレの」

「すいません。描いてもらえますか?」

「あ、はい。」

「紙・・紙・・あれ?」

「………」

「紙・・ないな・・斉藤ちゃーん!トイレットペーパーしらないー?」

「………」

「斉藤ちゃーん!」

「斉藤さん今日非番ですよ」

私はそう言った。確か斉藤さんは非番だったはずだ。

「え、そうなんですか?朝見かけたはずですけど」

「きっとそれ他人の空似ですよ」

「なんだ他人の空似ですか。うーん、紙がない、と。」

「よかったらこれつかってください」

「あ、ありがとうございます。」

「いいえ」

彼女は私が渡した紙とペンを受け取ってから向きを変えて突き出した。

「紙とペンです。どうぞ」

「どうも」

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「だいたいこんなかんじですね」

「なるほど知らない顔だ。ではお帰りください」

「な、なんだって!」

「なんだってじゃないでしょう」

「ちょっとまってくださいよ。私絵が下手だから」

「私知り合いいないんですよ。下手でもヘラクレスでも知ってる顔のはずがありません」

「それはお気の毒に・・。斉藤さんは?」

「死にました」

「それはお気の毒に・・。」

「二回も言わないでください。私がとてつもなく不幸みたいじゃないですか」

「あ、すいません。・・でもさっき今朝斉藤さん見かけたって・・」

「他人の空似でしょう。」

「なるほど・・」