0.特に意味はないよ

転げ落ちた。床に空いてた穴は部屋に溜まった涙を排出する為のもので鼻水を捨てようとしたときにバランスを崩してお尻から落ちた。渦巻き状のスロープを二つ折りのまま2回転半すると私を空中に留めるものはなくなった。カタツムリの殻みたいな出口からポーン!ヒュー。弾き出されてどうにもできない。

ジタバタするけどなにも掴めない。ヒョー。

真っ暗闇でなんにも見えない塔の内部をすごい勢いで落ちて行く。慌てて空気の妖精を召喚するけど重力は恐いぐらいに容赦なくて私を地面に叩きつけることに全力少しも手加減してくれない。両手両足を開いて大の字になった私の身体は水の上みたいにゆらゆら揺れる。

もうあそこには戻れないんだ。

私はどんどん加速して天井はどんどん遠ざかって世界一長い梯子でも届かないところへ行ってしまう。あるはずのない色々なものを部屋に置いて来たことが寂しくてやるせない。一体何を置いてきたんだ?おもいで?

天に向かってのびる私の髪が目を執拗に攻撃してくる。なんだか眠たいし、見える景色は変わらない。瞼を開けるのは諦めて、想像してもいいですか?

1.

僕のいるところから星は見えない。

空にあるどの星よりも高いところにあるからだ。

だから、君たちがよくやるみたいに凍える夜をベランダで過ごすことは僕に鼻水や高熱をもたらしただけで何の助けにもならず、朝になっても昨日の陰鬱を引きずったまま僕は毛布に身を包んで部屋の壁にへばり付くしかなかった。

太陽星の軌道さえ足元を通るこの場所で日光は緩やかに左回転する。壁一面のガラス窓を通って天井を照らす光は朝ベッドの奥から現れて衣装箪笥を過ぎ壁掛け時計の正面で止まる。

天井近くにぶらさげられた大きな時計はむかしこの部屋を使ってた僕のお祖父さんのもので、ベッドを除けば僕の部屋にあるものは全てお祖父さんが使っていたときのままだ。しかも僕が部屋に持ち込んだのは昨日間違えて捨てた本一冊と雪のように白いパトリシアだけで、白い方はおとといから行方不明だった。

正直に言ってしまえば、(何を包み隠す必要があるのだろう)僕がこうして高熱に苦しんでいるのはその白い僕の猫が姿を見せないからなのだ。もとをただせばそういうことになる。