「むかしむかし」
「うん」
「一人のおじさんと」
「あ、どのぐらいむかしですか?」
「え?」
「むかしむかしというのはどのぐらいむかしのことなんですか?」
「えっと、昨日、です」
「昨日」
「昨日です」
「どうぞ」
「はい。一人のおじいさんとそのペットが谷底の小さな小屋でポーカーをしていました」
「昨日ですね。昨日、ポーカーをしていたわけですか」
「はい。昨日二人がポーカーをしていました。それで、」
「ちょっと、あの、ペットというのはつまり、おじいさんの配偶者を表す揶揄では」
「揶揄ではないです。ペットというのは、おじいさんが山で見つけたたけのこのことです」
「たけのこ。竹林ですね」
「竹林でした。たけのこはポーカーをしますか?」
「?しませんね」
「たけのこはポーカーをしません。おじいさんのたけのこはポーカーをしました」
「特別なたけのこだったわけですね」
「いや、そうでもない」
「??」
「それで、おじいさんと、おじいさんのペットのたけのこは、小屋で賭けポーカーをしていました」
「賭けポーカー?おかしいですね。賭けポーカーですか。本当に」
「賭けポーカーです。本当に」
「間違いありませんか。というのも、たけのこがポーカーをするのならまだ信じられますが、賭けポーカーとなると」
「間違いありません。たけのこは自分の身体を、おじいさんは自分のペットのたけのこを、それぞれ賭けていました」
「それは、なんというのか、成立しませんね。両者の賭けているものが、同じものですから。失礼、話を続けてください」
「同じものでなければ賭けは成立しません。お金ならお金。名誉なら名誉。たけのこならたけのこ」
「たしかに、そうだ。間違ってない」
「はい。それで、・・どこまで話しましたか」
「たけのこと、おじいさんが賭けポーカーをしていたところまでです。たけのこはすでに、身体の一部をおじいさんにとられていたのでしょうか」
「おじいさんは賭けポーカーに強い自信をもっていました。しかしたけのこもそこそこ強かったので、序盤はたけのこが優勢です」
「すると、おじいさんは自分のペットのたけのこの一部を、自分のペットのたけのこに奪われてしまったというわけですね」
「勝負はまだはじまったばかりでした。たけのこが油断した隙におじいさんはイカサマを使い、あっというまに勝敗は逆転しました」
「はい」
「おじいさんは自分のペットのたけのこから自分のペットのたけのこの体の一部を取り返し、」
「まってください、おかしいですね」
「さらに自分のペットのたけのこの体の一部を」
「おじさんが賭けているものも、たけのこが賭けているものも、両方もともとおじいさんのものではないですか」
「ええ、それが?」
「賭けは成立しない。」
「その通りです。成立しません」
「おじいさんがそのことに気づいたのは、いつですか?」
「おじいさんは勝負が終わり、全てのたけのこを手に入れたと思ったとき、そのことに気づきました。すでに遅かったというわけです」
「なんてことだ、泣けてきた」
「泣けましたか」
「いや、泣けない」
「そうですか」
「うそをついて申し訳ない」
「些細なことですよ。それで、おじいさんはたけのこにも、そのことを伝える義務があると思いました」
「そのことというのは、つまり、両者の賭けているものが共におじさんの所有物であったことですね」
「はい。賭けは成立しないことを説明しました。たけのこは驚いて、それから、いいました」
「え、たけのこが驚いて、それから言った?」
「驚いて、それから言いました」
「それは、つまり、えっと、」
「なにがいいたいのか当てて見せましょう」
「たけのこは驚いたり言ったりするものでしょうか」
「うん」
「あ、すいません、当ててもらう前に、言ってしまいました、つい」
「些細なことですよ」
「すると、そのたけのこは特別なたけのこだったというわけですね」
「別に」
「??」
「それで、たけのこは、自分は、自分の身体を賭けたつもりだから、自分が勝ったなら、自分の身体は、自分のものになるはずだと主張したのです」
「たけのこは、負けたんですよね。賭けポーカーで」
「そうだっけ」
「負けたよ」
「ええっ、それ、どういうこと??」
「おじさんが勝ったんだから、たけのこは負けたんだよ」
「あんたおかしいよ、その考え方、偏ってるよ」
「ヒェー」
「賭けは成立しなかったから、たけのこは負けてない。おじいさんとたけのこは、2回戦を始めた」
「すると、あの、お互いたけのこを自由にする権利を賭けたんだね」
「いってることがわからない」
「ヒェー」
「それで、こんどは、たけのこが勝ちました。圧倒的な強さでした」
「はい」
「たけのこはいいました『さあ、約束通り俺を自由にするんだ』」
「たけのこが言ったんですね」
「たけのこが言いました。しかしおじさんはトランプを片付けながら言いました『何を言っている。お前はもともと俺のものだ。ハッハッハ!』」
「なるほど」
「おじいさんは嘘をついていたのです。ポーカーに勝ってもたけのこがたけのこのものにならないことをおじいさんは知っていました。
たけのこは、自分で、自分をおじさんのものにするために、ポーカーをしていたのです」
「つまり、こういうことになりますね、まずおじいさんをA、たけ」
「ちょっとだまっててください。それで、たけのこは、おじいさんがまな板と包丁を用意するのを見て、これはまずいと思いました」
「・・・」
「そこでたけのこは言いました。『おじいさん、ちょっとまちな』」
「信じられませんね」
「?」
「信じられない」
「つまり、現実的でないと」
「そういうことになります。現実的じゃない」
「確かに、私も、この目で見なければとても信じられないような話です。しかし、しかし、あなたならそれができると、私は思うんですよ。
というのも、あなたが私を信じることは、それとはまた別の問題だから」
「友情によって。あるいは信頼によって。現実主義が打ち砕かれることは、確かに、あると思いますけど、
でもそれは君の言うように、まったく別の問題じゃないかと思うんだね。起こるはずのないことは起こらない。――もしこれが」
「もしこれがアレンとヘレンの話なら信じられますか」
「?残念だけど、その、アレンとヘレンの話というのを良く知らない。つまりそれは、アレンとヘレンの話だよね。間違ってない?」
「ええ。」
「そしてその、アレンとヘレンの話と言うのは、一体」
「今は関係が無いから止めておきましょう。兎に角私は、先に進むのが先決だと思うのですよ。
現実的かどうかの議論は後回しにして、とりあえず話を進めなければいけないという気がするんです。いかがでしょう」
「たしかに、うん、それでいい。えっと、続きをどうぞ」「ちょっと、一つ、確認しなきゃいけないけど、たけのこはおじいさんのことを『おじいさん』って呼んでいたわけだよね」
「はい」「おじいさんか、えっと、うん。いや、いいよ、勘違いだったみたいだ」
「そうですか」
「では、どうぞ」
「たけのこは言いました『おじいさん、ちょっとまちな』おじ」
「あの、もうひとつ気になるんだけど」
「・・・・・・?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ、そのたけのこ生えてから何ヶ月ぐらいのたけのこだったのかな」
「それは・・・」
「大したことじゃないんだよ。でもたけのこが生えてから何ヶ月ぐらいだったかによってたけのこの価値、つまりおじいさんにとってのだけど、
それが決まると思うんだけど、それどう思う」
「そうですね。確かに、たけのこが生えてから何ヶ月ぐらいだったかによってたけのこの価値は変わります」
「何ヶ月だったんだい」
「……さあ、そんなことどうでもいいじゃないですか」
「それもそうだ」
「私とボレオを踊りませんか?」
「うん。あ、はい、踊ろう」
「……」
「らーんたったったー」
「らーんたったたー」
「……」
「それで、どうなったんですか」
「え?」
「たけのこと、おじいさんは」
「あ、そうか。いけない。……たけのことおじいさんの話をしていたんでしたっけね」
「はい」
「私としたことが、つい、今という時間の幸せを噛み締めて大切な何かを失ってしまうところでした」
「はい」
「それでは続きを始めましょう」
「大切な何かってなんですか?」
「えっ」
「いや、大切な何かってなんですか」
「いやっそれは」
「今という時間の幸せを噛み締めることで失いそうになる大切な何かって一体なんですか」
「いやっ、あの、よく考えないで言ったので……」
「よく考えないで?」
「ごめんなさい」
「いえ、些細なことですよ」
「……」
「あの、続き」
「あ、はい。……はい。たけのこは言いました『おじいさん、ちょっとまちな』おじいさんはちょっと待ちました」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「?どうかしましたか」
「いえ、……。この時間が永遠に続けばいい、そう思いませんか」
「はい」
(そっと手を触れる)