5歳になったとき余は己の不幸を嘆いた。母上と父上は変態で兄者と妹者も変態だった。どうしてこのような家庭に生まれてしまったのだろうといつも心の中で呟いていた。

「もっと不幸な人がいる」

マサルはいつもそのように言ったが余の気持ちは変わらなかった。

『おまえよりもっと』なんて言葉だろうか。恵まれていないのは同じことである。少なくとも日本の中では不幸な方に入ると余は思っていた。

「おまえよりもっと」

父上がよくそういって逃げた。「どうして余は女装させられるのですか」「おまえよりもっとすごい格好をさせられる人もいるんだよ。みてごらんあのプードルを」「どうして余は一軒家に住めないのですか」「おまえよりもっとすごいところに住む人もいるんだよ。みてごらんあの珍しい鳥を」

余は小さなアパートや質素な食事や不器用な容姿や特殊な性癖に不満を持っていたのではなかった。両親の頭の悪さが嫌だったのだ。父上は芸術家であってわけのわからないことをするのが尊いと思っていた。母上はお嬢様であってお嬢様らしくすることが徳を積むことと思っていた。

二人は余の教育を放棄して、橋の下で拾った兄者と妹者に余を任せた。兄者と妹者は変態であったが頭は良かった。毎日は拷問のようであった。4種類の変態が混ざり合って作られたドキドキ☆メリイ・ゴーランドの中央でなすすべなくキョロキョロしているのが余であった。

余が何をしたというのだ、神様助けてください、両親の寝静まった朝だけが平穏であった。窓の向こうから来た神々しい光へ向けて余は泣きながら己の不幸を嘆いた。余の想いは物質的な力となっていずれ余を救うだろうと信じていた。すべての人間が余より不幸せになりますようにとついでに祈った。

余に自慢するものがあるとすればそれは両手だった。何をするのにも両手は優れた能力を発揮した。両手が書く字は誰よりも美しかった。両手の見せる動きは誰にも真似できなかった。余にとって両手はペットのようなものであった。小学校の一年に格上げされるときペットが欲しいというとお前がペットのようなものだと両親は言ったので余は今まで以上に両手を可愛がる様になった。余はいつも両手と一緒にいた。トイレも、シャワーも、ベッドの中でも、寄り添うように両手と触れていた。

6歳になっても7歳になっても余は両手に依存していた。両親と二人の兄妹が変態で容姿の悪い余は嫌われていたし屈折した余の心を誰も受け入れなかった。隣に住んでいたマサルは人気者だった。マサルは良い成績を残して良い学校へ入り良い会社へ就職した。余は社会を恨み世界を憎み自分に飽きれ考えるのを止めた。27のとき、余はニートであった。

このままではいけないと思った9月、余は大金を騙し取る方法を考えた。10分に渡る長考のち次のような案が生まれた。

「あっ棚からぼたもちが大丈夫ですか怪我はないですか驚きましたね棚からぼたもちが振ってくるなんてえっこれあなたのぼたもちだったんですかそうですかでもよかったです怪我がなくてお礼がしたいってそんなお構いなく失礼しますよあっそうだそのぼたもちをいただくというのはどうですかいいんですかまありがとうございますえっこれぼたもちじゃなくて大金だったんですか知りませんでしたうわぁこんなにもらっていいのかなあ」

この方法は失敗した。棚の上にぼたもちを置いて待ったがぼたもちの所有者が通りかかることはなかった。

「あっさるがいるこんにちはえっきびだんごをくれってきびだんごはないよなんできびだんごなんだよぼたもちつながりかとにかくついてきなさいあっいぬがいるしゃかいのいぬだきびだんごはないよついてきなさいうわぁきじだきじだよなにもしてないからゆるしてくださいきびだんごはないけどついてきなさいなんだここはおにやあくまがっぱいいるこの奥に安息という名の日々がとらわれているというわけだなおまいら鬼を倒すんだくそこんなにがんばったのにまだこれっぽっちかもっとがんばろうせいかつのためだうおおこれでどうだうーんおれはかいしゃになめられてるんだろうかいやどりょくがたりないのさげんかいをこえるんだごごごごごごごおかしいないくら努力しても給料が上がらないよもっとがんばればいいんだろうかいつまでつづくんだうう」

意味がわからなかった。

もう一つの案は銀行強盗であった。余は銀行強盗をすることにした。

銀行強盗をする前に余は兄者と妹者に電話を掛けた。余が今の家に寄生するようになったのはずいぶん前のことで二人がどこにいるかはわからなかったし電話番号もしらなかったがググるとすぐに見つかった。ググってみつけた番号で余は10年ぶりに妹者と話した。

「妹者か」

「だれだなんのようだ」

2007/03/1

「俺俺。俺だよ。バイクで事故っちゃったんだ。そういうわけだから指定した口座に」

「大丈夫?」

頭のことを聞いているのだろうと思った。余はあらかじめ考えていた通りに喋った。

「身体のこと?大丈夫だよ心配しないでありがとう。入院することになったけどそんなに大きな怪我はしてないよ」

「頭のことだよふざけんなおまえ」

「そうなんだ実は頭を強く打ち付けてそれから変なことばかり考えるようになりました」

「そうだったのか」

「そうなんだそれなら辻褄が合うだろう」

「確かにそれなら辻褄が合うかわいそうに」

「そうだろう。口座番号はくぁw背drftgyふじこlp;@:「」だ」

「どこが口座」

「絶対安全銀行だよ。絶対安全銀行のくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」」

「いま振り込む」

余は遠足に行くような格好で入金を確認しに向かった。駅前の絶対安全銀行だ。

付近でストッキングを頭に被った怪しげな人間がうろうろしていたが余は気に留めなかった。今思えはそれが全てのはじまりだったのである。気にも留めなかったというのは嘘なのだ。余が5歳のとき不幸を嘆いたのも容姿が悪いのも高校中退したのも妹者から大金を騙し取ったのもみなそれが理由だったのである。余は度胸がなかったのだ。だから「やめてください余は女装が嫌いです」と言うことも「こんな狭い部屋はいやです」と言うことも出来なかったのだ。余は頭にストッキングを被った怪しげな人間を見つけたときにこう言うべきだった。「怪しいやつめ、警察を呼んでやる」

余が振り込まれた金の一部を引き出して帰ろうと入り口を向いたときストッキングを頭に被った怪しげな人間が数名、万能包丁を手に押し入ってきた。ずいぶん長い間外でうろうろしていたのだろう。ストッキングの向こうは赤く汗も染みている。

「うまい棒を詰めろ!いますぐにだ!!」

「うまい棒だと!?ここは駄菓子屋じゃないんだぞ!」

というネタを考えながら彼らに言った。「わたしの民に手を出すな。わたしが人質になる。しかし報酬は山分けだ」

一人が余に近づいて鉄男と刻まれた刃物を顎の下に当てた。「荷物を置け」

余は金の入ったポケットを放り投げ、おにぎりやシートなどの入ったリュックサックを床に落とした。

結果的にはやはり銀行強盗に加担することになってしまったと、思いながら鞄に詰められるうまい棒を眺めていた。余は車に乗せられ、3回乗り換えて、ホテルに着き、ストッキングを外した強盗達と312号室へ入った。

「なんだこれは!全部うまい棒じゃないか!!」

「なんだって!!」

「俺たちはめられたんだ!s」