「ゆこう。あの空の向こうへ!」ミサエルコックが言った。僕は太陽に背を向けた彼女の姿が眩しくてよく見えないしどうしていいかわからない。

「君のその翼で飛んでゆくんだ」「無理だ、飛べないよ」

まぶたの隙間から見たミサエルコックの背中に翼が生えている気がした。「飛べるよ。飛んでごらん。君のその翼をはためかせて、空高く飛んでゆこう」「できない。僕にはできない。どうやればいいんだ。どうするのがいいんだ。なにもできないよ」

僕を見ているのはミサエルコックだけじゃない。翼を持った何人かの仲間が目の端に映った。

「簡単だよ」「簡単だっていい。僕にはわからない」

なにもわからない。なぜとぶのかわからないしあの空の向こうになにがあるのかわからないしじぶんがだれなのかわからないしなににぞくしているのかわからないしミサエル・コックが誰なのかわからないしそこで見ている何人かのなかまたちがなんのなかまたちなのかわからないしどうするのがいいのかわからないしどうしなけれないけないのかわからないしそのたいろいろなものがすべてわからない。「ぼくにはとどまっていることしかえらべない」なげいてわめていみたりする。膝をついてよぶ。ミサエルコックがまた言った。「ゆこう、あの空の向こうへ。ぼくたちといっしょに」

「うわあん」ぼくはくらげダンスを踊った。目の端の何人かも一緒にくらげダンスを踊った。ミサエルコックだけは踊らなかった。僕の背中に翼はあるの?「僕の翼に背中はあるの」間違えた。もうだめだ。もうおしまいだ。「ないよ」ミサエルコックが僕の手を取って僕を立ち上がらせ投げつけるように手を離した。「君の翼は君だけがわかればいい。背中はいらない」僕は勢いよく投げつけられまた地面に倒れた。すぐに起き上がろうとしたが足が震えて立てず涙が出て止まらなかった。

僕は賢人の言葉を思い出しまた別の賢人の言葉を思い出しあれはそういう意味だったんだねあれはそういう意味だったんだねと考えた。僕はいろいろな考えを思い出しまた別のいろいろな考えを思い出しあれだからだいじょうぶだと考えたりあれだからあれは間違っていて本当はあれだと考えた。それ以外になにも考えていなかった。

「ゆこう」ミサエルコックが言った。僕はそれ以外に何も考えていなかったから恥ずかしくなってそれ以外以外のことはまだ考えてなくていまから考えるからもうすこし時間が欲しいことをわかって欲しくてでも伝えたくない。僕は求められた選択が何なのか理解しようと考えていたがわからずねこがすきなのかどうかきいているのだと解釈した。ぼくはねこは好きですと答えそうになったがそれはあまりにも愚かだし第一本当にねこがすきなのか自信がなかった。僕は本当にねこがすきなのだろうか。僕はどうすればいいのかわからずとにかくぼくの翼で空を飛ぶことが出来たらねこがすきだと答える必要はないのだろうと思い翼をはためかせる努力をしたがどうしたら翼がはためきそらを飛ぶことが出来るのかわからなかった。背中に力を入れても翼がはためく感触はなかった。

「なにもわからないよ」とまた呟いた。僕は叫んで泣いて嘆きたかったが堪えた。同じことを繰り返すことになるし叫んで泣いて嘆くことでねこが好きだと答える選択から逃げているのだと思ってミサエルコックにそれを指摘されるのが怖かったからだ。

「ゆこう」

ミサエルコックが言った。僕は頷いてから「行く」と言った。

「僕につばさがあるのならそのつばさでどこまでも飛んでゆきたい」

雲は白くときどき雷が鳴った。それでも僕たちは空を目指した。あの空の向こうを目指した。



雲の上の喫茶店

雲の上には喫茶店がありましたが当面は雷雨により休店しています。


空の向こうの街

空の向こうには街がありましたが悲しみや混沌に抱かれ停止しています。


エンディング

エンディングは只今出張しております。