『漢』               20007/09/15 engle

 

 

登場人物

       ヤマダ  あついおとこ

       タナカ  つめたいおとこ

       テンシ  せいぎのみかた

 

舞台設定

       長い一本道。草や木などが生えている。

 

季節

       セミが鳴くころ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 ヤマダ

男が立っている。何をするのでもなく道の真ん中に立っている。

どこを見るのでもなくただ道を遮っている。

 

道を、男が走ってくる。どこへ行くというのか、まったく検討もつかないが、

急いでいることだけは確かだ。

 

走ってくる男(ヤマダ)「おおお前ええ!」

 

ヤマダは道を遮っている男の前で止まる。ぶつかる寸前。

 

ヤマダ  「どけ」

 

長い沈黙。邪魔な男は何も言わない。遂に耐え切れずヤマダが叫ぶ。

 

ヤマダ  「くぁwせdrftgyふじこlp;@:!!」

 

              邪魔な男(タナカ)はやはり沈黙。ヤマダが続いて怒鳴る。

 

ヤマダ  「はやくするんだ! はやく!!俺には時間が見えるんだよ!

だからお前に構ってる時間はないんだ。

刻々と減ってゆく時間の残量が俺にははっきりとわかるんだよ。

嗚呼っ! 見ろ、時計を。こうしている(あいだ)に秒針が一秒刻んでいる。一秒が減っていく。

この一秒を無駄にするものか!だから俺は、誰よりもはやく、

はやく生きるんだそこをどけえーー!」

 

タナカは動じない。落ち着いて喋りだす。

 

タナカ  「いそいだからといっていったい何がどうなるっていうんだ。

なにもどうにかなりはしないんだ。結果は同じだよ。どれだけの長い一秒を過ごしても」

 

 

ヤマダ  「そんなこと俺には関係ない、たとえおまえの言うことが正しかったとしても

俺ルールの改定をする時間が今は惜しいんだはやくそこをどけ!

一秒でも早く一瞬でも早く、おまえに可能な最大の速さで俺の道を空けろ!」

 

タナカ「まっすぐ行くというのか。それでも道を見失うことのない信念を持っているというのか」

 

ヤマダ「ああそうだ! わすれるものかこれだけは、

俺の胸の奥で燃える光の波長を、揺るぎない意思を!」

 

タナカ  「ぼくはだめだった。絶やしてしまった。心の炎に水をかけたぼくに信じるべきものは

何もない。ほかにやり方をしらないといって突き進むのではなくどうすることもできずに

迷っていたんだ」

 

ヤマダ  「だったらせめて他人に迷惑かけるんじゃねえそこをどけよ!!はやくどけ!!」

 

タナカ  「迷うと決めて迷うのなら良い。そう、するときめて貫き通せばいい。

でもぼくは違う。ぼくは迷うかどうかを迷ってしまった。だから……」

 

ヤマダ  「グダグダ言ってんじゃねえタコ!時間がっ!!俺の時間がああああ」

 

タナカ  「だから。……。そう、ぼくは今自分を粉砕する。……自分を超える。

ここに存在する確かな壁を、今打ち破ってみせる!

そうだ。ぼくは断固たる意思を持って!おまえの、おまえの邪魔をしてやる!!!」

 

ヤマダ  「なっ、なんだってーっ!」

 

 

2 タナカ

 

タナカ  「お前の邪魔をしてやると言ったんだ!

ぼくは自分自身に誓う。おまえを決して通さないと!ああ、誓う。

       この身を失っても構わない。心に固めた、この意志がある限り、

全身全霊を懸けて貴様を邪魔し続ける。何の理由も無く、己の意思に従って!

それでも行くというのなら!それでも貫くというのなら!ああ!!

貫いてみせろ!ぼくを貫いてみせろ!!」

 

ヤマダ  「だったら始めからそう言えばいいだろうおまえは時間を何だと思っているんだ!

おまえのくだらない独りよがりのせいでどれだけの時間が経ったかわかっているのか

その時間があれば何をできるかわかっているのかいや、そんなことはどうだっていい

時間を無駄にしたならその分余計にはやく生きればいいだけのこと、

全力で5倍の時間を失ったのなら全力の5倍の速度で物事を進めればいい。

例えば注意を逸らすために『あっ空飛ぶ円盤が!』と言うところを『あっ空!』と縮めて

言うだけで約2.2秒の節約になる。あっ空!」

 

タナカ  「えっ?」

 

ヤマダ  「いまだっ」

 

タナカ  「しまった! 」

 

       ヤマダは駆け抜ける。走っていく。田中には時が止まっているように見える。

 

タナカ  「ぼくは何をしているんだ。一体、空がなんだっていうんだ。

そうか、ぼくはまた余所見してしまった。

……固めたはずの信念を、たった一言で溶かしてしまった。

嗚呼、こんな泥団子のような想いで、何を掴み取れるというのだろう。

……何を守り抜けるというのだろう。嗚呼!ぼくはもう何も厭わない!何一つ迷うものか

たとえ空が落りてこようともたとえどんな危険がぼくを止めようとも、」

 

タナカは振り返り、ヤマダを追う。ヤマダを捕らえる。

 

タナカ  「貴様を邪魔してやる!!」

 

ヤマダ  「俺が追いつかれた?馬鹿な。俺よりもこいつがはやかったとでもいうのか?

まさか。俺が気を抜いたというのか、それとも俺の全力が天井に当たったというのか、

いや、そのどちらだとしても、もう二度と追いつかれることはないだろう追いつかれるものか俺は行くんだ!常に全力で!!明日死ぬともわからないのだから!」

 

ヤマダ、すばやい動きタナカの手を振りほどく。タナカの後ろへ。

 

ヤマダ  「この俺に追いついて見せろ!!」

 

 

 

 

 

3 テンシ

 

タナカ  「はやい! なんてはやさだ。次に抜かれたらもう二度と追いつけないだろう。

もう抜かれるわけにはいかない!ここでとめなければ!じゃんけんしようぜ! 」

 

ヤマダ  「じゃんけんぽん」

 

タナカ  「あいこで……ハッ!

……出しているっ!すでに!!僕があいこだと言って手をふりあげるまえに!

なんてはやさなんだ!!そして、そしてぼくに、後出しをしろというのか!!」

 

ヤマダ  「チョキだ!いいか、おれはもうチョキを出している!さあ、はやくしろ!お前の手を、

おまえの意思を、見せてみろ!!」

 

タナカ  「試すのか、このぼくを。だが……、もう迷わない!ぼくの手は、こうだ!!」

 

ヤマダ  「はっ、はらを押さえた!?」

 

タナカ  「ああっーおなかがー」

 

ヤマダ  「こいつっ!ふくつうにみせかけて俺の邪魔をする気だ!

まさか、まさかこんな手を出してくるなんてまったく予想できなかった!」

 

タナカ  「ふふふ、どうだ、見ろ!これがぼくの手だ!ぼくの意思だ!!ああっーおなかがー」

 

ヤマダ  「どうする、どうすればいい?はやく行かなければと心ばかりが焦っている。

構わずに行けばいいのだが俺の中の天使たちがそうはさせないのだ!!」

 

テンシ  「困っている人を放って置けないよ!なんとかしなくちゃうわああでもいそがないと」

 

ヤマダ  「くそっどんなに強い意志を持っていたって

こいつはどこからかやってきて俺の足を曲げるのだ!いつもいつだって!!」

 

タナカ  「胃薬を……薬局で胃薬を買ってきてくれる人はいないかないないよな

所詮みんな自分のことしか考えていないのさ親切は世界を救うというけどああ、

僕にはこの世の終わりが手に取るようにわかるよ。ああ。もうすぐそこまできている」

 

テンシ  「はやくしなくちゃ!この人が世界に絶望してしまうまえに薬を買ってくるんだ!」

 

ヤマダ  「う、うう。うわあ。薬を薬を薬を薬を薬局に急いで」

 

テンシ  「そうだよ!ほらあそこにマツキヨあるよ走れば5分さ!」

 

ヤマダ  「ははははは。はははははははは!!」

 

タナカ  「走り出した……マツキヨと逆方向へ!ばかな!!そんな、そんなばかな!」

 

テンシ  「ばかな!!」

 

タナカ  「こいつには人の情というものがないのか!いまならまにあう!

戻るんだ!大切なものを本当に失ってしまう前に!!」

 

テンシ  「どうするんだよこいつここにおいていくのかよウッサー!」

 

ヤマダ  「はなせ!俺は行くんだ!たとえ世界が滅びたとしても俺には関係ない!

そうだ、俺の信念を貫くにあたりさまざまな人が不幸になるとしても

世界に広がる悲しみの絶対量を増やすことになったとしても!

それが妨害になるというのなら、厭わない!!」

 

テンシ  「馬鹿やろうおまえは自分の思念とかいう自己精神的流行に乗ってノリで

突き進むのがかっこいいって思い込んでいるだけで

本当はそれはぜんぜん大事なことなんかじゃないんだ!

諦めたところで別になんともないんだ!そうだろ!そうだろ!!ウッサー!」

 

ヤマダ  「うるさい放せ!」

 

テンシ  「あっみてあれ!あれは一見ただのきのこのようにみえるけど実は悪い魔法使いに

きのこにされたどこかの国の王子様で三回撫でてからホンガーホンガーと唱えなければ

ずっときのこのまま」

 

ヤマダ  「放せ!」

 

タナカ  「見苦しいぞ!!」

 

ヤマダ  「なんだと!?」

 

タナカ  「見ろヤマダ!自分の姿を!口先では何と言ったって善意に捕らわれて

結局一歩も動けずにいる!」

 

ヤマダ  「ハハハ!おまえは気づいていないようだな」

 

タナカ  「なっなんだよ」

 

ヤマダ  「自分の身体を見てみろ!」

 

タナカ  「ロープ?なんだこのロープはいつの間にか僕とおまえの間をつないでいる。

まっまさかっ!止まっているように見えて俺は高速で動くおまえに引きずられていた

というのか!」

 

テンシ  「あっみてみてあれ一見ただのセミのようにみえるけど実は時限爆弾で

いますぐこのプラスドライバーで解体して丸くて四角いアレの入った黄色くてペコっとした

       ヤツの左にあるニュミャって感じで右下のボコッとしたレバーの反対側の

黒くて黄色い透明なアレの上のこういうアレがアレのアレをアレしないと街が吹っ飛ぶよ!

 

ヤマダ  「お前を病院へ投げ込んで俺は俺の道を行く!これが俺の選択だ!!」

 

タナカ  「なんていうことだ!病人をいたわる気持ちが微塵も感じられない!!

おまえの意思はすでに善意すら卓越しているというのか!」

 

テンシ  「うわっおいてかないで」

 

 

4 意思

 

タナカ  「ああ。無駄だよ。そいつに何を言っても無駄だ。

もはや僕の言葉だって聞こえないだろう。いっそうらやましい清々しさだ。」

 

テンシ  「なんでだよ!そんなのぜんぜん格好良くないよ!!

お前は現実から目をそらしたいだけじゃないのか!?」

 

タナカ  「何がお前を突き動かすのか。前へ前へと押し上げるのか。」

 

ヤマダ  「ああそうだ! わすれるものかこれだけは、

俺の胸の奥で燃える光の波長を、揺るぎない意思を!」

 

テンシ  「それがどんな宿命だってそこには使命感という名の欲望が潜んでいるんだ!」

 

タナカ「今の僕にはわかる。お前の力の源が、お前を前へ前へと突き動かす衝動が、

なぜならそれは今僕の身体にもまとっているのだから。」

 

テンシ・ヤマダ  「それは何だ!?」

 

タナカ  「惰性だ!!

このままであり続けたいという力が僕をただ一つのベクトルに前進させて止まない!」

 

テンシ  「信念だのなんだのほざいたって結局は別に目的も無いただの」

 

三人    「惰性!!」

 

タナカ  「胸のそこで邪魔をしろ邪魔をしろとささやく悪魔に身をゆだねて邪魔をすることは

軽率でなんの思慮深さも感じられないただの倦怠行動!考えるの疲れたっ!」

 

テンシ  「にげたいやめたいさぼりたい!」

 

ヤマダ  「俺の倦怠を邪魔しようとこの世界はさまざまな障害を送り込んでくる。

あと三分で家に帰らないとカップラーメンが伸びてふにゃふにゃになったり

偶然道に落ちていた時限爆弾を複雑な手順で解除しなければ街が吹き飛んだり

偶然珍しいきのこを見つけたと思ったらそれが悪い魔法使いにきのこにされたどこかの王様だったり偶然俺に絶望的な病気が見つかって近くの病院ですぐに手術をしないと大変なことになったり偶然血のつながらない妹の存在を知ってドキドキしたりした。」

 

テンシ  「に、にいさん!」

 

三人    「だけど!!」

ヤマダ  「でもだけどどんなに選択肢が生まれようともその選択肢一つ一つを無視して進むのが

       俺の意思だとすればっ!これはただの倦怠じゃない!」

 

タナカ  「ただの倦怠じゃない!」

 

三人    「倦怠と言う名の物語だ」

 

ヤマダ  「俺は」

タナカ  「僕はその物語を作り上げながらただ惰性に従って邪魔をし続ける

他のどんな可能性も捨てて」

 

ヤマダ  「どこか別の世界では幸せな俺が明るい場所でゆっくりきのこご飯を食べていたりするけど

そんな世界は大魔王によって滅亡することが確定だから俺は安心して僕の物語を作り続けることが出来る!その先に何が待っているかなんて関係が無いし俺はきのこご飯が大嫌いだからそんなこと問題ない。俺は走り続けるのだ!!この道を、この物語を!!」

 

タナカ  「させるものか!!」

 

テンシ  「あっみて!あれ!子犬が川に流れてるよ!!」

 

ヤマダ  「ああ、見えた!俺の前に輝いて見えるあの光!」

 

三人    「オチだ!!」

 

タナカ  「おとさせるものか!!」

 

ヤマダ  「うるさい!俺の前でお前の邪魔など虫ケラ同然!ひねりつぶしてやる!」

 

タナカ  「人生を否定された気がするのは気のせいだ!」

 

テンシ  「あっねこだ!みてみてスコティッシュフォールド」

 

ヤマダ  「(立ち止まって)ねっねこさん!はあはあねこかわいいよねこはあはああっこっちみた」

 

三人    「なんという猫好き!!」