歩いていたんですよ。道をね。普通の道ですよ。夜だったかどうか、明るくもなく、暗くもなかった。歩いていると変な音がするんです、何かを叩くような。「パン」って音が、何回も。誰か、スパンキングプレイでもしてるのかな。音がだんだん近くなるものだから、どこから聞こえるんだろうと、なにげなく視線を泳がせるんです。するとね。なにげなくみた先に人がいるんです。スパンキングプレイじゃないですよ。そのひとはちゃんと服を着ていました。どこかの作業着でしょう。上から下まで同じ色でした。その人がね、なんにもない道のはじっこで、うつむいたまま「パン」「パン」って。なにしてるんだろう、て不思議に思って手元を見るんです。風船でした。風船の束をおさえつけて、一個づつ押さえつけて「パン」はさみかなにかもっているのでしょう。割れた風船はごみみたいにちいさくなってじめんにはらり。また「パン」あんまり奇妙だったから、おもわず目そらせなかったんです。「なにしてるんですか」って、聞いたんです。そしたら、中年のその男は視線を上げて「風船を割ってるんです」っていうんです。そういいながら鶏を殺すみたいに風船を一個押さえつけて「パン」そのまま立ち去るのも気まずいのでまた聞いたんです。「どうして割ってるんですか」男はさっきとおなじように視線だけ上げて、今度は何も言わずにまた「パン」言いたくなかったんでしょうね。それで、聞いてしまったのが申し訳ない気がして、「素敵ですね」そういいました。男は不思議な顔をして、風船を割るのを止めるんです。「どうしてですか?」「風船には、空気と一緒に、愛とか勇気とか、そういうものが詰まってるんですよ。だから風船を割ると、風船に詰まってる愛とか勇気とか、そういうものが世界に広がっていくんです。」そういうんです。でもそんなことありません。なにが素敵だっていうんでしょう、風船が愛とか希望とかを孕んでいるのは、風船が風船のままであるからです。そう思いませんか?でもだからといっていまさら「やっぱり素敵じゃありません」そんなふうに言うのはあれだから、「がんばってください」おかしいでしょう。いったい、なにをがんばれっていうんだか、自分でもわかりませんでしたが、とにかく、そういったんです。